大人になるって・・・

ネットかどこかで話題にあがったのか、たまたまなのかは定かではないが、3日間のあいだに、立て続けに4件、ラブレターの代筆依頼が舞い込んだ。
通常、月に1件くらいのペースなので、これはかなり多い、というよりは異常事態とも云える。

もちろん、依頼が来るのはありがたいことで、二つ返事でお受けするのだが、なかなかに大変だ。期日が特になければ、ぬるぬると書き進めることもできるが、4件中3件が、「誕生日までに」「次のデートまでに」といった形で期日が明確に指定されており、かつ、かなりタイトなスケジュールであったため(決して愚痴ではありません)、会社員としての仕事を終えたあと、会社近くの喫茶店にこもり、ふんふんと鼻息荒く文面を考えることとなる。

熱くなった頭と身体を冷ますべく、トマトジュースをすすりながら、ふと、大人になるって・・・、と思った。

ラブレターを通して伝えたい気持ちは、「好き」だとか、「愛してる」だとか、「ありがとう」といったごくシンプルな想いだ。文字数にして5文字もあれば足りる。それなのに、「好き」という2文字を伝えるために、”蜜のように黒く潤んだ君の瞳をはじめて目にした時から~”、”紅く彩られた君の唇から言葉が発せられるたびに、僕の胸は~”、といった調子で、あの手この手で相手を褒め称えたり、二人に思い出について微に入り細に入り綴ってみたり、二人に将来について際限なく空想を膨らませてみたりと、1000文字以上を費やすこととなる。

2文字の想いを伝えるために、1000文字以上を必要とするってなんなんだろうか・・・と思う。

子供の時はそうではなかったはずだ。

僕がラブレターをはじめてもらったのは小学校4年の時。上履きの中に小さく折りたたまれた紙が忍ばせてあり、広げると、「すき」と書かれていた。倒れそうだった。それだけで、十分だった。

だが、年を重ねるにつれ、語彙が増えることで、それだけでは物足りなくなってくる。より、詩的で、知的で、華美な言葉を求めるようになる。
言葉というのは、自分の想いや考える伝えるために生まれたはずなのに、言葉を覚えれば覚えるほど、想いを伝えるのにより多くの労力を費やすようになる。なんたる矛盾。皮肉。

そんなことを思いつつも、依頼者にはまったくもって関係のない話なわけで、粛々と文面を考える。

3件は特に修正依頼もなく、すんなりと受け入れられたが、1件は、「ちょっとあっさりしすぎな気がします。もっと色々と書いてください」と言われる。

はい、承知しました。

抗うことなく、逆らうことなく、メールにて即答をする僕。
大人になるって・・・。

今日も、そして、多分明日も、「好き」という気持ちを伝えるために、言葉に言葉を塗りたくるのだろう。

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて会社員として勤めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)