「今日のところは、踏ん張らず」。三菱電機新入社員の自殺問題に思うこと。

三菱電機の新入社員が、上司や先輩からのいじめや嫌がらせを苦に自殺。やりきれない。やりきれない、というのは、命を絶った本人の気持ちを思ってのことでもあるが、何よりも、そのご両親の心境に対して。

僕には5歳と2歳の子供がいて、一応、育児らしきこともたまにしている。「疲れたー、もう歩けない!」と言われれば、よっこらしょっと抱っこをして、「蚊に刺されてかゆい!」と泣きわめけば、ムヒを塗り塗りし、保育園でけんかをしたらしい、と妻から報告を受けたら、おろおろとどうしたものかと思い悩む。保育園でこれなので、この先、どうなるのだろうか、と本気で心配だ。

そんな育児を潜り抜け、子供が自身の手を離れ、社会人へとなる瞬間というのは格別なものであることは想像に難くない。だから、どうにかこうにか子供をそこまで導いたのに、ふっと、子供の命が途絶えることになってしまったご両親の想い、いかばかりか。

こういったニュースに触れると、多くの人が、死ぬくらいなら逃げればいい、と言う。確かに、そうだと思う。でも、もう一方で、逃げる、という選択肢をとることができない当人の心境もわかる。

人生を俯瞰して見れば、新卒で入った会社を辞めることは、大したことではない。でも、当の本人からすると、特に若いうちは、自身の置かれている環境を俯瞰して見る余裕はない。今、この瞬間、自分が置かれている環境が、人生のすべてに見える。それは、仕方のないこと。

では、どう言葉をかけてあげるべきか?
考えてみたが、第三の答えは出てこない。やはり、逃げた方がいい。それに尽きると思う。

「仕事がつらいので辞めたいです」

そういった類の言葉を耳にすると、「逃げても同じ。結局同じ壁にぶつかることになる。だから、踏ん張れ」と諭す人がいる。正論だと思う。自身の経験を振り返ってみても、確かに、そうだ。残念ながら、艱難辛苦から、逃げ切ることはできない。

ただ、補足がある。壁から逃げて、うろうろとしている間に、壁を超える力を養うことができる。一回目に壁にぶつかった時はその力はなかったが、壁を避け、あっちに行ったり、こっちに行ったりしている間に、人に触れ、景色に触れ、本に触れ、自分自身に触れ。そんなことをしている間に、少し、力がついてきたりすることがある。

一回目の壁には勝てなかったが、二回目の壁にぶつかった時は、勝てる力を身につけている。そんなことがある。

だから、「逃げる」という表現は適切ではない。「逃げる」のではなく、「一回退避して、力をつける」と捉えれば良い。実際、そうだと思う。

今現在、前述の自殺をした新入社員のように、死にたいくらい悩んでいる人はたくさんいることだろう。逃げる、という選択肢をとることができず、もしくは、そもそもそういう発想を持つことすらできず、耐えるか、死ぬか、という二択を迫られている人がいることだろう。

逃げる、ではない。今は、乗り越える力がないだけ。
一回戻って、ごはんを食べ、眠り、家族や友人と会話し、たまに散歩して、また食べて、眠る。そのうち、力がついてくるはず。

だから、一旦、今のところは、今日のところは、踏ん張らず、わき道を進もう。

それでいい。僕も、そうしてきた。

 

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)