『その日の天使』中島らも (著)

一人の人間の一日には、必ず一人、「その日の天使」がついている。

その天使は、日によって様々な容姿をもって現れる。
少女であったり、子供であったり、
酔っ払いであったり、警察官であったり、
生まれて直ぐに死んでしまった、子犬であったり。

心・技・体ともに絶好調の時は、これらの天使は、人には見えないようだ。
逆に、絶望的な気分に おちている時には、
この天使が一日に一人だけ さしつかわされていることに、よく気づく。

 

中島らも氏のエッセイ『その日の天使』の一文。
そう。たしかに、そうだと思う。

僕なども、過去振り返ってみるに、「財布を家に忘れた」「大学の単位がやばい」「終電逃した」といった程度の悩み事については、周りの友人・知人に助けてもらったが、ほんとうにまずい状況に陥った時、救いとなったのは、いつも決まって見知らぬ他人だった気がする。

ある時は六本木のクラブで働く女性だったし、ある時は池袋の西口公園に住みつくホームレスの姿をしていた。彼女たちからすれば、”助けた”という意識を持ちようもないほど些細な言葉や行為だったと思うのだが、その時の僕の状況からすると、紛れもなく救いだった。

そして不思議なことに、その人たちと接したのはわずかな時間で、それ以前に交わったことがなかったように、それ以降も交わることはなかった。ほんの一瞬の出来事。

らも氏の言う通り、天使は、人間の形をしているとは限らない。
仕事で失敗し、うなだれる帰路。ふと見上げた秋月に、少し気持ちが安らいことはないだろうか。
彼氏、彼女にふられた日。いつもは鬱陶しい街中の雑踏が、温かく感じたことはないだろうか。
誰にも会いたくなくて家にこもっていた日。外から聞こえてきたベビーカーを押す音に、静かに耳を傾けたことはないだろうか。

窮地の時、耳を澄ませば、目を開けば、天使は、何らかの形で存在をしているのだと思う。

こういう話をすると、「そんな天使なんていないよ」と言う人がいる。
そう言う人には、こう声を掛けよう。
ツイてるね。今までの人生が順風満帆ということだよ、それは。

「今日、天使に会ったよ」という人もいるだろう。
そういう人には、こう声を掛けよう。
よかったね。明日は、今日よりはいい日になりそうだね、と。

 

その日の天使。最近は、会っていない。
会えない方が幸せなのかもしれないけれど、久しぶりに、会いたくもある。

 

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)