リフトに、揺られて。

スキーというスポーツが、あまり好きではない。スキーというスポーツ自体が、というよりも、スキーに関連する事柄で、良い思い出がない。

大学の時に、スキーサークルに所属していた。スキーサークル、と聞くと、平日はよく飲み、よく歌い、冬になったらゲレンデでチャラチャラ、イチャイチャ。そんなイメージが少なからずあるのではないだろうか。僕も、サークルに入る前はそう思っていたし、それを期待してスキーサークルに入ったようなところもある。

だがしかし、実態は異なった。平日は、よく走り、よく筋トレ。そしてトレーニング後の夜は、よく飲まされ、よく吐く。冬になったら3ヶ月ほど山に籠り、スキースクールで勤務。

このスキースクールでの勤務が大変だった。僕が勤めていたスクールは、ゲレンデの近くにスクールに勤務している講師用の寮があり、冬の間、そこで共同生活をする。寮には個室などなく、大部屋でみんなでテレビを観たり、ご飯を食べたりする。なおかつ、絵に描いたような縦社会で、下っ端の僕は、朝早くに起きて寮や車の雪かき、朝食の準備などをさせられる。

スクールでの勤務が終わったら、お風呂の準備や先輩講師のマッサージ。さらには、先輩より先に眠ることは当然許されず、一番疲れているのに、一番最後に寝なくてはならない、という過酷さ。

それでも、労いの言葉でもあるならまだしも、

「はは、お前、全然使えないな」

と吐き捨てられる始末。
よく、過去の過酷な環境を振り返り、「厳しかったけれど、あれがあったから今の自分がある」という台詞をテレビなどで耳にするが、そういう気持ちは一切ない。ただ単に過酷で理不尽。スキーが嫌いになったのも、寮生活のせいだ。

そんな生活だったから、唯一落ち着けるのが、リフトの上。雪が静かに降る中、何を見るでもなく、何を考えるでもなく、かすかな振動を感じながら、じっとリフトに座っている。その数分の時間が、至福の時間だった。

 

あの時も、そう。リフトに揺られながら、ぼんやりと雪の音に耳を傾けていた。

「ねぇ、先生・・・」

横を見ると、ゴーグル越しに女の子がこちらを見ている。
女の子の声に、今がスキースクールでのレッスン中であるという現実に引き戻された。
お客は4歳の女の子のみで、マンツーマンレッスンだった。

「あ、うん。どうしたの?」

僕が訊くと、

「私ね、あそこに泊まってるんだ」

女の子が、ピンク色のグローブで、100メートルほど先にあるホテルを示した。

「へー、そうなんだ。いいね」

適当に相槌を打つと、

「あそこのね、305だよ。先生、遊びに来てもいいよ」

そう言って笑顔を僕に向けた。
寮生活の疲れと嫌気もあり、レッスン中、僕が笑顔を見せることはほとんどなかったが(今考えると、スクールの講師としては最低だが)、その時ばかりは女の子の無邪気さに触れ、相好を崩した。

「ありがとうー。じゃあ、今度行かせてもらおうかな」

調子を合わせるように答えると、

「ほんと?いつ?いつ来てくれる?」

女の子が身を乗り出すように訊いてきた。
子供にいい加減な返答が通用しないことを知り、少し戸惑った僕は、

「えーと、そうだな。いつにしようかな・・・。あっ、ねえ、スキーって楽しい?」

強引に話題をそらした。
自分の問いが流されたことに不服な表情を浮かべることもなく、女の子は、

「うん!楽しい!好き!」

と声を張り上げた。
興奮して足をばたばたとさせたため、それに呼応するように、リフトが揺れる。

「そっかー、スキーのどこが楽しい?」
「どこが?」

女の子は何でそんなことを訊くの?というような表情を一瞬浮かべた後、

「だってね、スキーの時はね、お父さんがいてくれるんだ!」

そう言って、また足をばたばたとさせた。

「スキーの時?」
「そう。スキーをしにくると、お父さんと遊べるんだ」

いつもは遊べないの?と訊こうとしたが、余計だと思い、飲み込んだ。

リフトがゲレンデの中腹あたりに着き、ボーゲンで下へと降りた。初心者の大人は、スピードへの恐れからこわごわと滑るが、子供は恐れがないため、すいすいと滑り下りていく。

下へ降りると、レッスンの終了時間が間近なため、スキースクールの受付付近で、お母さんが待っていた。

「先生、どうもありがとうございました。さきちゃん、上手に滑ってたねー」

女の子を引き渡すと、お母さんが抱きしめながら言った。
楽しかったー、とお母さんの腕の中で、女の子がくぐもった声で笑う。

 

帰り際、女の子が言った。

「ねぇ、先生。今日来てもいいんだよー」

お母さんは何のことかわからず、怪訝そうな顔を浮かべた。
僕は手を振りながら、苦笑いした。

 

良い思い出もないので、スキースクールで働いていた頃のことを振り返ることはないが、先日、自分の娘が2歳の誕生日を迎え、ふと、このことを思い出した。どうということのない思い出だが、頭に残っていた。

 

冒頭書いたように、スキーはあまり好きではない。多分、この先、ゲレンデに行くことはないし、滑ることもないだろう。

でも、リフトには、もう一度乗ってみたい気もする。
白い雪の中、何を見るでもなく、何を考えるでもなく、じっと、座っていた。
あの時間が、なぜだか懐かしい。

 

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて会社員として勤めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)