コネとネコとボクと。

年末が迫り、そろそろ、リクルート姿の学生さんが目につきはじめる時期だ。この時期になると、いつも、自身の就職活動時の頃を思い出す。

当時は、いわゆる「就職氷河期」というやつで、完全なる買い手市場、企業優位の状況にあった。それまで例年当たり前のように新卒採用をしていた会社が、急に、今年は新卒採用をしません、という例もざらにあった。

そんな逆風の中、僕は風にあらがおうともせず、吹かれるまま、よたよたと流されていた。要は、まったくやる気がなかった。当然、うまくいかない。

このままだと、コイツはヤバイ。風に吹かれて、どっか遠くの方へ行ってしまうと思ったのだろう、母親がそんな僕の様子を見かねて、父親にどこか紹介できる会社はないか相談をした(ちなみに、そのようなやり取りがあったことは、ずっと後になって知った)。いわゆる、コネというやつだ。

当時、父親はいわゆるテレビキー局に勤めており、営業職であったため、広告代理店と密に仕事をしていた。それだから、どこか、広告代理店に入社をさせられないかと母は考えた。だが、父は元来、人に頭を下げて何事かを頼むような人間ではない。そんなことはできない、と突っぱねた。

そこからごちゃごちゃとあり、結局は、父が折れた。

ある広告代理店を紹介してくれた。父は社長や役員であったわけではないし、コネがあるから入社が確定、というほど単純でもなかっただろうが、それでも、まあ、受験をすれば、義理でそこそこの段階までは進めてくれたかもしれない。

だが、僕は、この紹介を断った。

いや、正確には、”すっぽかした”。
選考当日、「行ってきますー」と言って家を出て、選考会場に向かうことなく、その足で、大学に向かい、構内のベンチでゴロ寝した。

今考えると、広告代理店の方にも、父にも、母にも、色々な人に申し訳なく思うが、当時は、まったく悪いと思っていなかった。

別に、コネ入社することに対して否定的であったわけではない。今でも考えは同じだが、コネ入社、大いに結構。目的が明確なら手段を選ぶ必要などないし、目的がなかったとしても、使えるものは何でも使った方がよい。

ただ、なんとなく、気が向かなかった。
もう、本当に、それだけの話。

スーツ姿でベンチに横たわっている僕の横を、在校生たちが、一瞥して通り過ぎていく。

普段、構内でネコなど見かけることはないのだが、なぜだか、その日は、ネコがいた。
白と黒の斑模様のそのネコは、最初、10メートルほど離れた場所から僕の方をじっと見ていたが、ゆるゆるとこちらに向かってきたかと思うと、すぐそばで止まり、腰をおろした。そして、寝た。僕のあまりのマイペースぶりに、同類と思って安堵したのかもしれない。

大人になったら何してるんだろう・・・。
ネコを従えつつ、ベンチで、そんなことを考えていたのを今でも覚えている。

 

それから15年が経過した。僕のした行為は、社会人としても人間としても最低だと思う。言い訳は何もない。グウの音も出ない。

でも、たとえばタイムスリップして、「行ってきますー」と言って家を出たあの時に戻ったとしても、僕は、同じ行動をとるだろう。選考会場には行かず、大学に行って、ベンチに横たわる。

もし、万が一、選考を通過し、内定が出たとする。父は、広告代理店に対して借りをつくることになる。借りをたてに無理な要求をしてくる、ということはないだろうが、それでも、父の性格からして、それは受け入れ難いことのような気がする。それに、仕事上も、どこかやりにくさが生じたことだろう。

ぞれよりも何よりも、あの時、違う行動をとっていたら、今の僕はいない。
今とは違う場所で、違う人と交わり、違う時間を生きていたことだろう。

それは、イヤだ。

苦労も多いし、楽しいことはそう多くないが、それでも、僕は、今がいい。
今、この場所が、気に入っている。

だから、正しいと思っている。
あの時にとった行動も、それ以前にとった行動も、それ以降にとった行動も、昨日とった行動も、今日とった行動も、すべて、正しいと思っている。

 

大人になったら何してるんだろう・・・。
ベンチで、そんなことを考えていたのを今でも覚えている。

 

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて会社員として勤めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)