「大丈夫?」も言えなくて

昔のことを振り返ったり、子供の頃の話を親や友人としていると、思い出す人がいる。

彼女のことは、昨年に出版させてもらった書籍にも記したが、名前は、恵理ちゃんにしておく。恵理ちゃんは、僕がはじめて、この人のこと好きだな、と思った人。恵理ちゃんは転校生で、親しく話すような友人もいなかったように記憶しているが、小学校中学年の僕は、恵理ちゃんに、恋をした。

きっかけは、単純なもの。

「かわいそう・・・。痛いよね、これ。後で、ばんそうこうあげる」

恵理ちゃんがかけてくれた、その一言だった。
当時、僕はひどい乾燥肌で、手の平のひらがボロボロに向けていた。クラスメイトにそのことをよくからかわれていたので、極力手のひらを見せないように過ごしていたのが、ふとしたきっかけで、恵理ちゃんに見られてしまった。そして、からかわれることを覚悟した僕に、彼女がかけてくれた言葉が、前述のものだった。

 

痛みを抱いている人や、悲しみに沈んでいる人に対して、

「大丈夫?痛いよね?」

と声をかけることは、容易いようで、難しい。心では思っていても、言葉に出し、手を差し伸べようとする人は、そう多くない。それは優しさが欠けている、ということではなく、遠慮や照れ、躊躇といったどうでもいい感情だったりする。

どうでもいいことが、肝心なことを阻害する。

僕もそうで、38歳になった今でも、こんなことしたら迷惑かな、怪しいと思われるかな、とあれこれといらぬことに頭をめぐらせてしまい、行動に移せないことがままある。

でも、恵理ちゃんは違った。恵理ちゃんは肝心なことが、大事なことが、わかっていた。
彼女の境遇や生い立ちがそうさせるのか、そもそもの性質なのかはわからないが、とにかく、彼女はわかっていた。

 

そして、彼女に関連してもう一つ思い出すことがある。手のひらのやり取りより後のことだが、プールの授業中、プールサイドを歩いていた恵理ちゃんが、足を滑らせ、勢いよく尻もちをついたことがあった。

仲の良い友人がいれば、「ははは、何やってんだよー」と冗談交じりに笑い飛ばしたりできたのだろうが、恵理ちゃんにはそういう友人がいなかった。一瞬の沈黙のあと、周りにいた男子たちが、一斉に笑い声をあげた。それは、冗談交じり、といったものではなく、あざけり笑うような嘲笑混じりのものだった。

そして、僕も、笑った。
「かわいそう・・・。痛いよね」と僕の手のひらを案じてくれた人を、笑った。
おかしかったわけではないが、周りに合わせた。

恵理ちゃんはうつむていた。
恥ずかしさに顔を伏せたのか、涙していたのかはわからないが、髪で顔を隠すように下を向いていた。

 

それだけの思い出だが、今でも僕の中に残っている。
「大丈夫?」その一言くらいが、どうして言えなかったものか。

 

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)