『アナログ』ビートたけし(著)

僕はラブレター代筆屋という「アナログ」な仕事をしつつ、IT企業という「デジタル」を取り扱う会社で働いている。だから、アナログなもの、デジタル、双方の良いところを知っているつもりだし、双方を肯定する。

本書は、携帯電話やメールといったデジタルなものを敬遠する男女が、固定の曜日、固定のお店だけを頼りに出会い、恋をする物語だ。ビートたけし、ならびに北野武の大ファン、いわゆる”キタニスト”である僕は、北野武著というだけで諒とするため、本書の良し悪しを冷静に評価することはできない、という前提はあれども、読後しばらく、余韻に痺れた。

ただ、じゃあ、携帯電話のない生活に憧憬を抱くか、というと、それは話が違ってくる。携帯電話のない生活など考えられないし、なくては、困る。

 

本書を閉じた後、そういえば、携帯電話のない時って、どうやって待ち合わせとかしてたんだっけ?と過去に思いをめぐらせてみた。

僕がPHS(PHSって何?という方もいるかもしれないが、ここでは、携帯電話と同義と思ってもらえばよい)を持ち始めたのは大学一年の時。だから、それ以前は、固定電話や公衆電話を使っていたことになる。待ち合わせや人との連絡で困ったような記憶もないので、それなりに上手くやり取りをしていたか、もしくは、不便なのが当たり前だったので、多少の行き違いなどがあっても気にならなかったのだろう。20年以上前のことなので不確かだが、なんとなく、後者の気がする。

 

固定電話で、ひとつだけ思い出すことがある。

高校時代。入学してからはじめての文化祭を控えた一週間ほど前だっただろうか、夜、家でテレビを観ていると、「慎太郎ー、電話よ」と母親から声をかけられた。電話?こんな時間に誰からだろうかと訝りつつ受話器を受け取ると、

「あ、小林くん・・・。久しぶり、覚えてるかな?」

遠慮がちな声がきこえてきた。
一瞬誰かわからなかったが、思い出すのに時間はかからなかった。中学の同級生だった。

「あぁ・・・、うん」

愛想なく答えた。気取ったわけではないが、母親が聞き耳を立てている気がして、おのずとそうなった。

「どうしたの?」

僕の問いに、

「うん、あの、小林くんの高校、今度文化祭があるでしょ?」
「ああ、そうみたいね」
「でね、その・・・、案内してもらえないかな?」
「案内?」

なんのことかわからず問いを重ねると、

「そう。文化祭に連れてってほしいな、って・・・」

ああ、そういうことか。僕は合点した。ただ、どうしようか、と思案した。
中学の頃から彼女が僕に好意を寄せてくれていたのは気づいてはいたが、当時僕には他に好きな子がいたので、やわらかく距離を置いてきた。今も状況は同じなので、彼女の言葉に好意的な返事はしかねた。

ごめん、ちょっと難しいかな。僕がそう言おうと口を開くと、

「連れてってほしいな・・・」

返事を塞ぐように、彼女が言った。
機先を制された形になった僕は、

「・・・そうね、いいよ」

と応じる形になった。
その後、嬉々とした様子の彼女と、待ち合わせ時間、場所を決めると、受話器を置いた。

 

当日、彼女は来なかった。
待ち合わせ時間を間違えてるのかな?としばらく待ってみたが来なかった。

今だったら、LINEや携帯電話で連絡をすれば済む話だが、当時はそんなものはなかったし、公衆電話で連絡をするにも彼女の連絡先も知らなった。

 

一週間の間に彼氏でもできたかな?
時間を間違えてる?
日にちを間違えてる?
僕のことが嫌いになった?
事故にでも遭った?

待っている間、色々と考えた。それまでまったく気持ちがなかった彼女のことについて色々と考えた。想った。

結局、引きずられるようにずるずると一時間ほど待ったが、彼女は来なかったし、それ以降、電話が来ることもなかった。なんだったのか、今でも、理由は不明だ。

 

 

アナログ。
確かに、あの頃のように、誰かを待ってやきもきしたり、どきどきしたり、ということは
なくなった気がする。当時はストレスでしかなかったが、それも「想う」ことなのだと、今は、思う。

 

おうとつのない、些細な思い出だが、『アナログ』を読み、ふと、よみがえった。

 

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて会社員として勤めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)