『We Love Television?』

『電波少年』のT部長でお馴染み(最近の人は馴染みないのかな)日本テレビ土屋さんが監督した映画『We Love Television?』。欽ちゃんこと萩本欽一に密着したドキュメンタリー映画だ。

平日夜、渋谷でこの映画をひとり鑑賞し、エンドロールが流れ終わった後、思ったことは、ありがたいな、ということ。

ありがたい?の理由はのちに触れることとして、この作品は、主役である欽ちゃんもさることながら、土屋監督をはじめ、そこに集う、まさに”集う”という表現が適切なのだけれど、それらのテレビを愛する人々の姿も印象的に映し出されている。

 

電波少年の若手芸人に対する奇襲さながら、夜中、「欽ちゃん、また視聴率30%番組をやりましょう!」と欽ちゃんの自宅に夜駆けするところから本作ははじまるのだが、きっと、突撃をした土屋監督も、本気の本気の本気で30%を獲る!とは思っておらず(思われていたらすいません・・・)、では、何に突き動かされているかというと、自分が愛したテレビ、というか、テレビを愛した自分、に対しての郷愁、意地、約束。そういったものではないかな、と思った。

テレビの黄金期を欽ちゃん走りで駆け抜け、視聴率100%男、と謳われた欽ちゃんのもとに、土屋監督をはじめ、放送作家の高須光聖氏などが集い、視聴率30%とろうぜ!と息巻く様は、未来志向でありつつも、どこか過去を懐かしむような雰囲気も感じ取れた。

サラリーマンとなり、結婚し、家庭を持った大人たちが、小学校の頃にグラウンドに埋めたタイムカプセルを掘り返そうと真夜中にワーワー騒いでいる、そんな感じ。

ただ、それは、決して後ろ向きではない。世間ではテレビはオワコンだとかつまんなくなったとか言われているけれど、そうなじゃないよな?俺らが愛したテレビは、夢中になったテレビは、今でも最高だよな?その確認作業、前に進むための確認作業、そんな気がした。

 

話を、少し戻す。僕が、ありがたいな、と思った理由。僕はテレビ業界になんら関係のない人間だが、それでも、人一倍、テレビに対して特別な感情を持っている。

僕の父は、土屋監督と同じく、日本テレビでかつて働いていた。新卒から定年退職までを、日本テレビに、テレビに、捧げた。

業界研究なのか、単にテレビが好きだったせいなのかはわからないが、家にいる時は、いつもテレビを観ていた。テレビを観ている以外の時間は、本を読んでいた。本も、テレビについて書かれたものや、メディアについて書かれたものをよく読んでいた。

寡黙な人なので、口に出しては言わなかったが、ほんとにテレビが好きなのだな、と思ったし、テレビの世界で働く父は、子供の僕にとって、誇りだった。

だから、ここ数年、「テレビは終わった」だの「オワコン」だのという言葉を聞くたびに、僕は、いらついた。父を否定されているようで、いらついた。今でも、腹が立つ。その感情は多分に私的なもので、冷静さや、客観性がないことはわかっている。ただ、腹が立つ。

テレビは今だって面白い。最高だ。ひとりの男が人生を捧げたものを、「オワコン」などという情緒のない言葉でまとめるな、と思う。

 

だから、テレビを心から愛する人たちがつくったこの映画を観て、ありがとう、と思ったのだ。

 

先ほど、「欽ちゃん、また視聴率30%番組をやりましょう!」の言葉は、言った土屋監督自身も本気ではなかったと思う、と書いた。土屋監督だけではなく、引き受けた欽ちゃんも真正面からは受け止めていないものだと思った。20%だってそうそう出ない今の時代に、30%を本気で志すなんて馬鹿げている。

ただ、最後の場面、土屋監督が番組の結果を伝えた後、一瞬だけど、本気で落胆をし、戸惑いを見せた欽ちゃんの表情を目にし、あっ、この人本気だったんだ・・・と驚いた。

超、かっこいい、と思った。
どうだ、テレビには、まだまだかっこいい人がいるんだ、と誇らしく思った。

 

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)