『レディ・プレイヤー1』

”オアシス”と呼ばれる2045年のVR世界を舞台とした本作。オアシスを創り上げた発明者は、VR世界に隠した謎を解き明かした者に、遺産とオアシスの運営権を譲り渡す旨の遺言を残し、死去する。それを機に、謎を解き明かすべく多くの人間がVR世界内の試練に立ち向かう、といういわゆるSFもの。

本作を観終わった後、「楽しかった」という感情ももちろんあったのだけれど、それと同等か、それ以上に、「嬉しい・・・」という心持ちの方が大きかった。

映画に限らず小説なんかでもそうなのだけれど、過去にエンタメ作品を世に送り出していた監督や作家が、年齢を重ねるにつれ、作品に込めるメッセージ性を強めていく様をよく目にする。歳とともに自身の人生や世の中への眼差しが深まっていくのは当然のことだと思うし、作品をどのように仕上げるかは創作者の自由だ。だから、周りが、僕が、良し悪しについてどうこういう問題ではない。ではないのだけれど、だけれども、そういう変化を目にすると、寂しい気持ちになるのも事実。

小学生の時に仲良かった友達が、急に別グループの子たちと遊び始めたような、そんな気持ち。

本作の監督であるスティーブン・スピルバーグも御年71才。そろそろ残りの人生に想いを馳せ、エンターテインメントを去り、メッセージ性、社会性を求めてもおかしくない。

鑑賞前の僕は、少し不安を抱いていた。

ポスターは恐竜がいたりしてなんか楽しそうだけど・・・、ん?あれ?デロリアン?いや、ちょっと待てよ、これは、もしかしてAKIRA?と思ったらRYUもいない?ガンダム???超楽しそうな感じなんですけど・・・。
いやいや、ポスターと内容が必ずしも一致するとは限らない。この目で観て、肌で感じるまでは・・・。

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観た。感じた。
結果、スピルバーグは依然としてスピルバーグだった。
JAWSでE.T.でインディ・ジョーンズでジュラシック・パークなスピルバーグがそこにはいた。

映画、音楽、マンガ、ロボット、ゲームなど、80年代のポップカルチャーが次から次から次へと出てくる展開に、没頭。なかには、これ知らないな・・・というものも出てくるが、スピルバーグがそれを愛していることが伝わってくるため、感情が伝播し、何かよくわからないけど、イイ!となる。

日本生まれのアイテムも数多く出てくるため、日本人は、世界においてこの映画を最もおもしろく観ることができるのではないかと思う。

きっと、スピルバーグは、「これも出して、あれも出して、あっ、それも出さなきゃな。ついでに、これも出しておくか・・・」みたいな感じで、自分の好きなものをまずは列挙して、それらを流れの中で出すためにはどういう展開にすればいいかな?という発想で本作を創ったのではないか。そうとしか思えないくらい、詰まっている。

僕の冒頭の心配など、杞憂以外の何物でもなかった。
I’m so Sorry,Mr.Spielberg

恐れ入るのは、71歳にしてこういう「ノリ」で作品を作れるということ。才能とかそういうことではなく、よほど、人を楽しませるということ、エンターテインメントに対して、いわゆる愛だとか信念と呼ばれるものがあるのだろう。執念とすら言える。

少し話は変わるが、僕は、映画監督としては北野武。芸人としては松本人志を最も尊敬している。そして、うれしいのは、2人ともに、好きになった頃の2人と「ノリ」が変わらないこと。北野武は、今なお『龍三と七人の子分たち』や『アウトレイジ』シリーズのような作品を観せてくれるし、松本人志は、年末になるとお尻を突き出し、ばしばしと叩かれて、アホアホマンに笑い転げた僕を、未だに変わらずに笑わせてくれる。

冒頭、楽しかった、よりも嬉しかった、と書いたのは、その2人と同じように、今回のスピルバーグも、変わらずにスピルバーグだったから。

振り返って考えてみると、スピルバーグ作品で、今回は今ひとつだったな・・・と思った覚えがない。正直なところ、すべての作品を観たことがわるわけではないが、それでも、JAWS、未知との遭遇、インディ・ジョーンズ、E.T.、フック、ジュラシック・パーク、シンドラーのリスト、マイノリティ・リポート、ターミナル、宇宙戦争、ブリッジ・オブ・スパイ。そして、今回のレディ・プレイヤー1と、約15作品ほどは観ているが、例外なく、おもしろい。これは、すごいことだと思う。どんなに好きな映画監督や小説家でも、15作品あれば、5,6個は、今回はちょっと・・・というものがある。だが、スピルバーグはない。

これだけ秀逸な作品を連続して世に出せるということは、感性やセンスということもさることながら、スピルバーグの中に、原理原則みたいなものがあるのだろう。

イチローは、天才と称されることについて、「僕は天才ではありません。 なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです」と答えたが、天才かそうでないかはさておき、スピルバーグも、どうしてヒット作を生み出すことができるかを説明のだと思う。

というように、全体としては最高に楽しめたのだけれど、ひとつだけ、少しだけ、ほんの少しだけ、うむぅ、となったのは、主人公の仲間の日本人ゲーマーである「ダイトウ トシロウ」のこと。役者さんがどうとか、役どころがどうとかではなく、名前。トシロウという名が、僕の中では、最後の最後までどうしても役どころとリンクしなかった。

おそらく、三船敏郎の名から取ったものと思われるが、それであれば、”キクチヨ”や”サンジュウロウ”の方がまだ良かったのではないかと考える。このあたりの感覚はスピルバーグはわからないだろうから、日本人スタッフが、「Hi,Mr.Spielber,”トシロウ”は、日本人の感覚からすると、ちょっぴり違和感あるかもねー」とアドバイスをしてほしかった。

まあ、でも、これは些事なので、全体のすばらしさを損なうものではまったくない。

本作は、もっと日本において話題になっていいと思うのだけれど、まあ、スピルバーグならこのくらいできちゃうよね、と実績が足かせになっているところもあるのだろう。これが新人監督だったら、受け取られ方はより鮮烈なものになっていたはずだ。

ともかく、この作品は、文中にも書いたように、世界で一番日本人が楽しむことができるはずなので、是非とも観て欲しい。

「俺は・・・、映画館に行く」

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて会社員として勤めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)