「代筆屋」はいらない

「基本は自分で書くので、添削をお願いできますか?」
たまに、このような依頼が来る。

困る。断りはしないけれども、困る。
なぜなら、大抵の場合、直す必要がない。

リズムや読みやすさ、表現といった話でいえば直す余地はあるのだけれど、
そのあたりを整えることによって、「想いを伝える」という肝心の部分が薄れてしまう。

それでも、最初の頃は「直すところはありません」と言うのも憚られたため、
”てにをは”をいじってみたり、表現を変えてみたり、ごにょごにょとこねくり回し、「添削しました!」としたり顔で提出していたが、いつからか、止めた。

今は、直す必要がない場合は、「直す必要がありませんので・・・」と伝えるようにしている。「遠回しに断ってるんですか?」と言われたこともあるが、そうではない。本心。

ビートたけしの歌に「浅草キッド」という名曲がある。
最近では、映画『火花』の主題歌として、菅田将暉と桐谷健太がカバーしたことで知られているが、それ以外にも、数多くの歌手がカバーをしている。福山雅治もそのひとりだ。

僕もそうだが、福山雅治ver.を聴いたことがある人なら、誰しもが、きっと、こう思ったはずだ。「カバーの必要なくない?・・・」と。

福山雅治は好きだし、かっこいいし、ナイスガイだし、吹石一恵が奥さんだし、上手い下手でいえば福山のほうが絶対的に上手いのだが、でも、ビートたけしの「浅草キッド」の方が、いい。

お前と会った仲見世の
煮込みしかない鯨屋で
夢を語ったチューハイの
泡にはじけた約束は
灯りの消えた浅草の
コタツ1つのアパートで

「浅草キッド」の出だし。福山雅治ver.においては、仲見世の風情は漂わず、煮込みのニオイは匂わず、芸人のサインで埋め尽くされた鯨屋の佇まいは見えず、はじける泡の音は聞こえない。

それは、ラブレターも同じ。当人の書いたものを超えることはできない。
だから、その意味で、代筆屋は別に必要ないと思う。
80通も書いて、ようやくそのことに気づくのだからイヤになる。

気を取り直して、福山雅治の「桜坂」を聴きながら、書きかけのラブレターの続きを書くこととしよう。

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)