『ある男』平野啓一郎(著)

つい先ほど、読み終えた。まだ余韻の只中にあり、ふわふわとしているため、自分の中でまとまっていないところもあるけれど、書きながら、本書を通して考えたこと、感じたことをまとめていこうと思う。

まず、本書のあらすじだが、表紙からそのまま引用すると、

弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、
「ある男」についての奇妙な相談を受ける。

宮崎に住む里枝には、二歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。
長男を引き取って、十四年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、
幸せな家庭を築いていた。

ある日突然、「大祐」は事故で命を落とす。
悲しみにうちひしがれた一家に、「大祐」が全くの別人だという衝撃の事実がもたらされる……。

弁護士である城戸が、里枝に代わり「大祐」という人間は一体誰だったのかを追及していくという物語を軸に、本書は展開していく。また、単なる謎かけに終わるのではなく、「大祐」の”過去”を紐解いていく中で、読む者に、”過去”との向き合い方や、”過去”と”現在”、”過去”と”未来”の在り方について問いかける。

 

文中、訪れたバーで、城戸が「大祐」になりすまし、「大祐」の人生を自分の人生として語る場面がある。別に深い意図やもくろみがあってのことではない。ふと、城戸はそうする。「大祐」を演じる。

この場面を目にした時、僕は思わずにやついた。
僕たちを苦しませ、悩ませるものは、大体において”過去”だ。もしくは、”過去”から続く”現在”だ。過去から切り離された日常、過去から切り離された自分を生きることができたら、どれだけ楽だろうか。それを想像し、僕はにやついた。

だが、残念ながらそうはならない。薄暗いバーの中で過ごすひとときはそうすることはできても、一歩地上に出たら、僕たちの素性は太陽のもとにさらされ、自分の人生を生きなくてはならない。

後半、城戸が美涼という女性にこう問いかける。

「僕たちは誰かを好きになる時、その人の何を愛してるんですかね?……出会ってから現在の相手に好感を抱いて、そのあと、過去まで含めてその人を愛するようになる。で、その過去が赤の他人のものだとわかったとして、二人の間の愛は?」

過去とどう向き合うのか。ここでは愛がその対象になっているが、別に、その限りではない。たとえば、本書にも出てくる東日本大震災。これは、日本人全員が共有する過去だ。もちろん、僕も例外ではない。

震災が起こった当初はとにかく何か動かなきゃいけないという観念から、友人と何度か現地に足を運び、ボランティアに従事したりした。その後、現地ボランティアに行かなくなってからは寄付をしてみたり、会社員として経済活動をまわすことに専念をするべきなのでは、と思ってみたり、じたばたとしたが、結局のところ、よくわからなかった。東日本大震災とどう向き合い、自分は何をし、何を考えるべきなのか。わからなかった。変節していく自分を恥じたりもした。

大震災は特異な例としても、いまだに、何が正解だったのか、どうすべきだったのか、どうすべきなのか、整理がついていない過去がいくつかある。それは家族の問題だったり、友人、恋人との問題だったり、起こった出来事に対してのものであったり、色々。

「僕たちは誰かを好きになる時、その人の何を愛してるんですかね?……出会ってから現在の相手に好感を抱いて、そのあと、過去まで含めてその人を愛するようになる。で、その過去が赤の他人のものだとわかったとして、二人の間の愛は?」

城戸の問いに対して、美涼は、こう答える。

「わかったってところから、また愛し直すんじゃないですか?一回、愛したら終わりじゃなくて、長い時間の間に、何度も愛し直すでしょう?色んなことが起きるから。」

ああ、そうだ。そうか。愛し直せばいい。変化すればいい。
過去はひとつだが、その延長線上にある未来はひとつではない。絶対的な未来はない。じたばたしたっていいし、昨日の自分と今日の自分の考え方や、価値観が変わっていてもいい。変化していい。

東日本大震災や、過去の出来後に対して変節する自分を嫌悪する向きがあったが、悪いことではないかもと思い直すことができた。

過去にとらわれることなく、何度も愛し直せばいい。
日々、更新していけばいい。

著者の意図するところなのかはわからないが、そう思えた。
少し、救われた。

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)