自分の本を出す方法。ただし、僕の場合。

「どうやって本を出したんですか?」

よく訊かれることがある。総じて、質問者の表情は訝しげだ。
まあ、そうだと思う。文章を書くことを生業としているわけでもなく、instagramやtwitterで多くのフォロワーを抱えているわけでもなく(ちなみに、2018年11月現在のtwitterフォロワー数は128……)、成功した経営者でもなく、稼げるノウハウを持っているわけでもなければ、文芸誌で賞を獲ったわけでもない。一介のサラリーマンが本を出しているのだから、どうやって?と思うのが普通だろう。

結論からいうと、いわゆる「持ち込み」というやつだ。
出版社に直接アプローチをかけた。

ネットを見ていると、「自費出版」に関する広告をよく目にする。
出版不況の煽りを受けて新しい稼ぎ口を開拓しようということもあるだろうが、前提としては、それだけ需要があるということであり、本を出したいという人が世の中には一定数存在するということの裏付けだ。

なので、そういった方に向けて、参考までにこういう方法もあるよ、ということを提示したいと思う。また、詳細は後述するが、「持ち込み」をする上で、僕は2つのものを用意した。(1)出版企画書 (2)仮原稿の2つだ。実際に活用したものを載せるので、こちらも参考にしてもらえればと思う。

●はじめに
まずはじめに、なぜ「持ち込み」という形を選んだのか記そうと思う。
答えはシンプルで、それが最も確率が高く、効率も良いと考えたからだ。

本を出したいな、と思い立ち、最初に浮かんだ手段は文芸誌への応募だ。文芸誌主催の新人賞を獲れば、出版につながると思った。それが容易なことではないことはわかりつつも、具体的にどれくらい大変なことなのかがわからないため、どの程度の応募が来るのかネットで調べてみた。結果、1500~2000通はあるとのこと。無理。これは無理。もちろん、不可能ではないのだろうけれど、確率的に低すぎる。それに、効率の観点からも難がある。新人賞に応募するには最低でも400字詰め原稿用紙100枚を必要とする。200枚以上を求める賞もたくさんある。会社員として働きながらそれだけの枚数を書くとなると、少なく見積もっても半年は要する。で、結果落選となったら、たまったものではない。

経験を摘むことができるという考え方もあると思う。たしかにそうなのだけれど、10代、20代ならまだしも、35歳(当時)の僕にとって、時間はとても貴重なものだ。悠長にしていたらすぐ死んでしまう。だから、極力確率が高い方法で、極力効率よく進めたかった。

その頃、ブログから書籍化、という流れも流行っていたため、それも少し考えたが、実行には移さなかった。ブログから書籍化!と書くとなんだか簡単そうだが、そんなわけはない。大前提として、半年、一年とこつこつと毎日記事を積み上げ、かつ、積み上げるだけでは意味がなく、編集者の目にとまるような質の高さも維持しなくてはならない。これも、確率・効率両面で難しいと思った(こう書くと、単なる怠け者ですね、僕は……)。

はて、どうしたものかと考えていた時に、ある友人の言葉からヒントを得た。
その友人はナンパが好きで、会社帰り、一緒にご飯を食べながらその友人のナンパ論に耳を傾けていると、

「まあ色々試したけど、結局は街中でどんどん声かけるのが一番いいね~」
「え、そうなの?でも、何十、何百と言う人に声かけてうまくいくかいかないかでしょ?効率悪くない?」
「そうね。確率という点でいえばそうかもしれないけどさ、でも、たとえば狙っている子がいたとして、一日かけて映画を観に行ったり、食事したり、お酒飲んだり、夜景を見に行ったりして、結局ダメだったらさ、一日無駄になるし、かけた労力も無駄なわけじゃない?その点、ナンパなら、ちょっと挨拶した時点で良いか悪いかすぐわかるし、一日中声かけてたら大抵一人くらいは上手くいくから、意外と効率いいんだよね~」
「へぇ」

なるほど、と納得するとともに、これは使えるかもな、と思った。
街中での声がけは一見非効率なように思えるが、別に一人一人とじっくり話し込むわけではない。「こんにちは~」「どこ行くの?」とちょっと声をかければいいのだ。そして、目も合わさず早足で通り過ぎるような子はさっさとあきらめ、返答したり、立ち止まったりしてくれた子にのみ絞って深く話をすればいいのだ。効率がいいといえばいい。

僕は、友人の言葉をこう解釈した。

・ひとりの女性にじっくりと時間をかけて口説き落とそうとするのではなく
→1つの出版社の新人賞に絞ってじっくりと時間をかけて100枚、200枚といった原稿を準備するのではなく

・街行く女性に手当たり次第に声をかけて反応を見る
→多くの出版社に対して、まずは「こんな内容の本を僕は考えてます」という概要を記した企画書を送って、反応を見る

一見非効率なようだが、この方が確率の点でも、効率の点でも良いと思えた。企画書段階で興味を示してもらえたら、そこから原稿はつくりこめばいいのだ。

僕は「持ち込む」ことにした。

 

●出版企画書を作る
企画書を作ろう、と思ったものの、出版企画書なるものをどう作ったらいいかわからなかったため、ネットで調べて作成をした。実際に出版社に送ったものが↓だ。

※出版企画書

ネットで見つけたフォーマットに従い、タイトル、名前、プロフィール、企画概要、ターゲット、目次。項目としてはごくありふれたものにした。もっと長々とした企画書にしようかとも思ったが、全部を読み込んでもらえるはずはなく、どうせ最初の方しか目を通されないだろうと思ったため、A4用紙1枚程度の量におさめた。

・タイトルが大事!
タイトルに最も時間と頭を要した。
いや、『ラブレターの代筆業をしています』ってごくごく普通じゃね?と思われる方がいると思う。たしかにそうなのだが、ここに行き着くまでに時間がかかった。

最初は、『限りなく透明に近いブルー』や『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』のようにキラリとセンスの光るタイトルを考えていた。ただ、思い直した。実際に出版される際のタイトルはそれでもいいが、企画書の段階ではそうではない。センスがなかろうが、泥腐ろうが、ださかろうが、とにかく目立つ、とにかく興味を惹くものにするべきだと思った。じゃないと、すぐにゴミ箱行きだ。どこの馬の骨かもわからない人間の企画書を読み込むほど、編集者も暇ではないだろう。

その段階では書籍の細かい内容は決まっていなかったが、大方針として、自身がおこなっているラブレター代筆業について書くことは決めていた。ラブレター代筆という聞き慣れない仕事は、少なからず耳目を集めると思った。

タイトルで奇をてらわずとも、ラブレター代筆という仕事自体がおもしろいのだから、それをそのままかわりやすく出せばいいのでは?と思い、『ラブレターの代筆業をしています』というタイトルにした。タイトルというよりは、自己紹介だ。

・プロフィールも大事!
実際に書いたプロフィールが↓

———————————————————

小林慎太郎。1979年、東京生まれ。
立教大学卒業。グロービス経営大学院修了(MBA)。
2003年東証一部上場のシステムインテグレーターにエンジニアとして入社。その後、WEB制作会社等を経て、現在は外資系ITベンチャーにて人事や総務、社内ITなどのバックオフィス部門における責任者として働く。
35歳の時に、ふと「仕事も充実しているし、家庭も充実している。だけど、何となくこのままだとヤバイ」と焦燥感を覚え、妻子がいる身にもかかわらず ”ラブレター代筆” を主サービスとするデンシンワークス(http://dsworks.jp/)を設立。
その後、「若い人にも手紙の素晴らしさを知ってもらいたい」と勝手に思い立ち、手紙文化を普及させるための協会<日本”時には手紙”協会>(http://letter-as.com/)を設立。現在、会社員、個人事業主、協会運営と3つのキャリアを並行して歩む日々を過ごす。

———————————————————

そう、とにかくてんこ盛り。MBA、ラブレター代筆、パラレルキャリア、手紙協会と、とにかく色々な要素を盛り込んだ。一つ一つは別に大したことはないので、それぞれを掛け合わせることで希少性を出そうとしたのだ。一つ一つは10だとしても、すべてを掛ければ1000にも10000にもなる。

・企画概要以降はさらさらっと
通常だと企画概要や目次に力を入れるのだろうが、前述したように、そもそも、そこまで無条件に読んでもらえるとは思っていなかった。僕が出版社側の立場なら、タイトルとプロフィールを見て、興味を惹かれなければ、それ以降は読まない。だから、とにかくタイトルとプロフィールにこだわった。

●仮原稿を書く
当初は出版企画書だけをつくろうと考えていたが、サンプルとして仮原稿も準備することにした。過去に出版経験があれば別だが、初めてだとすると、編集者の立場としては構成力や文章力に不安を覚えるだろうと想像したためだ。最低限の力はありますよ、ということを示すために書くことにした。出版企画書に記した目次をベースに話を広げ、原稿用紙30枚くらいにまとめてみた。
仮原稿を書いたのには、もうひとつ目的がある。自分を試すためだ。それまで長い文章を書いたことがなかったので、技術的に書けるのか、そして、長い文章を書けるほどの熱量があるのか。自分に問いたかった。

実際に出版に至った本は、ラブレター代筆での体験に絞って書いているが、仮原稿はそうではない。会社員としてのことを書いたり、家族のことを書いたり、あっちに行ったりこっちに行ったりしている。↓が実際の原稿だ。

※原稿

●出版社に送る
冒頭、「持ち込む」と書いたが、厳密に言うと、持ち込んだのではなく、郵送で送った。「持ち込む」ならぬ「送り込む」だ。なぜそうしたかと言うと、訪問の場合、どこの部署の誰を訪れればいいのか見当がつかないが、郵送であれば、社名と”出版企画書在中”と記載しておけば、とりあえず該当部署の人間に届くと思ったから。

次に、どこの出版社に送るかだが、そもそも、エッセイや小説を取り扱っていないところに送っても発展性はないだろうと思い、専門出版社等は除き、総合出版社に絞ってアプローチをした。全部で15社ほどだったと思う。

そして、送付。

 

送ってから1ヶ月ほどは音沙汰がなく、やっぱりこんな手法じゃダメか……、とあきらめていたが、1ヶ月が経過すると、ぽつりぽつりと返りが来るようになった。傾向として、集英社や講談社、幻冬舎といったいわゆる大手出版社は、総じて、受け付けることができない旨の書面と、送った出版企画書と原稿がそのまま送り返されてきた(お手間をかけて申し訳ありません……)。まあ、一つ一つ対応していたらきりがないのと、このようなものを受け付けてしまうと、主催の新人賞が成立しないためだろう。

結果としては、3社から興味を示して頂いた。大変ありがたいことだと思う。
その中で、もっとも早く返答をくださり、もっとも自由に書かせてくれそうだったインプレス社に最終的にはお願いをすることにした。

そして、本を出したいと思い立ってから10ヶ月ほど後、2016年1月。本が、出版された。

ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。

 

●終わりに
このようにして、首尾よく出版をすることができた。普段通っている街中の書店で、自分の本が平積みされていたのを目にした時は、それまでに味わったことのない感動を覚えた。
だが、本を出してひとつ気づいたことがある。それは、出すだけではつまらないし、価値がないということ。その先、多くの人に手に取ってもらい、多くの人に読んでもらう。そこが達成されないとダメだ。そのことを痛感した。次は、必ずそれを達成しようと思う。

 

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)