『恋文』丹羽文雄(著)

本書は戦後実在したラブレターを代筆する人「恋文屋」をモチーフにした作品だ。
当時の恋文屋の主な顧客は、日本に駐在をしている(もしくはしていた)米兵に想いを寄せる日本人女性。よって、恋文屋に求められる役割は、内容を考えるだけではなく、日本語を読むことができない米兵に伝わるよう、英文訳をすることも求められる。

本書の存在は以前から知っており、興味を抱いていたものの、なんせ60年以上に出版された本で、文庫化もされていないため、長らく手に取ることがなかったが、先日、著者である丹羽文雄の全集を購入し、その中に収められていたものを読んだ。

読後、何だか不思議な感じがした。
当たり前のことではあるのだが、僕の周りに、ラブレターの代筆をしている人間はいない。
先輩もいなければ、後輩もおらず、同僚もいない。こんなことをやっているのは自分ひとりだけという気がしていたので、半世紀以上も前の日本において、同じようなことをしていた人が存在していた、というのは不思議な感じ――というよりは心強さを覚えた。遠い異国にて、日本人、しかも自分と出身地まで同じ人間に出会った、そんな感じだ。

そしてもう一つ不思議に想ったのは、当時とは街並みも流行も、人々の価値観も、時代の空気も、何もかも違うのに、今も昔も、同じようなことで悦び、同じようなことで哀しんでいるということ。想いを寄せる人と街中でふと出会えば胸が高鳴るし、想いを寄せる人から数日連絡がないだけで、この世の終わりのように気持ちが沈む。老いも若きも、男も女も、恋をすると正気を失う。そのことは不変。それが何とも不思議な気がした。

僕は今、40歳。きっと、50年後は生きていないだろうし、100年後は間違いなく存在しない。僕のことを記憶している人もその頃にはいないかもしれない。それでも、愛や恋を前にして、時に微笑み、時に溜め息をつく、という人間の習性は変わっていないだろうと思う。もしかしたら、代筆屋も存在するかもしれない。

代筆屋。尊敬も地位も名誉も、何もない仕事だけれど、また少し、この仕事を誇らしく思った。


小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)