『止めたバットでツーベース』村瀬秀信(著)

『止めたバットでツーベース』。タイトルで絶対おもしろいと確信が持てた。野球短編の金字塔とも云える山際 淳司の『スローカーブを、もう一球』の背表紙を見た時と同じような感覚。結果、ほらね?と自分で自分に自慢したくなるくらい、当然のようにおもしろかった。

本書に出てくる登場人物に、エースで四番はいない。
”東京ヤクルトスワローズ全144試合 出来る限り生放送中”と書かれた紙を壁に貼り、その通りに、ヤクルトスワローズの全試合を放送する巣鴨のお弁当屋。誰に頼まれたわけでもないのに、毎試合、印象的なシーンを切り取り、銅板にする。さらに、それを紙に貼り出し、オリジナルの「プロ野球カード」にして球団事務所を通じて選手に渡す<ヤクルト芸術家>。東野圭吾や村上春樹には見向きもせず、ただひたすらに野球、プロレス、競馬本のみを取り扱う書店主。どういうこと?と問いたくなる人間が、次から次へと出てくる。

ただ、どの人物も、日が暮れるまで白球を追いかける少年のように、無垢で、一途だ。だから、どういうこと?と思いつつも、ガンバレ、と声をかけたくなる。

本書を読み終えたあと、あらためて思ったのが、僕は野球が好きな人が好きだ、ということ。自分自身は野球が好き!というわけではないが、昔から、野球が好き!という人が好きだ。前日におこなわれた試合の監督の采配や、先発ピッチャーのことについてああだこうだと熱を帯びながら電車内などで話している人を見ると、「よかったら席座りますか?」と席を譲りたくなる。他のスポーツではそうは思わないのだが、野球ファンの場合は、損得や見栄、流行りとか関係なく、本当に好きなんだろうな・・・と素直に思える。これは(他の人は違うのかもしれないが)野球ならではのことだ。

もうひとつ、野球ならではのことがある。
冒頭に書いた『スローカーブを、もう一球』の中に収められている短編『江夏の21球』の主人公であり、今や伝説の投手である江夏豊がテレビで言っていたのだが、「野球はグラウンドの中よりも、グランドの外にドラマがあり、おもしろい」と。

たしかに、と思う。弱小チームが徐々に強くなっていく様を描いた映画『メジャーリーグ』もおもしろいのだが、それよりも、フィールドの外の人生を描く『フィールド・オブ・ドリームス』の方が強く惹かれる。グラウンドの中の試合を見るよりも、グラウンドの外のドラマを見る方がおもしろい。これも野球ならではないだろうか。

グラウンド内外の話でいうと、本書に出てくる登場人物は、ほとんどの者が、外のそのまた外だ。それでも、試合そっちのけで、彼らの人生を見ていたいと思わせる匂いがある。

グラウンドの中にいることで、輝くカクテル光線を浴びるのも魅力的だが、グラウンドの外に佇み、淡い月影を身に受けるのもおつなものだ。彼らを見ていると、そう思う。

僕は、今年で40歳。往生際が悪いので、まだ、グラウンドの外に出ようとはしない。ただ、ホームランを狙う気力はないし、自分がホームランバッターであると信じる時代は過ぎた。それでも、ネクストバッターズサークルで、バットをぶんぶん振りながら、一丁前にピッチャーを睨みつけている。

バッターボックスに立てば、何かが起こるはず。三振したとしても、振り逃げがある。ピッチャーフライだとしても、落とす可能性がある。ど真ん中だと思い、振り始めたものの、外に逃げる変化球であることに気づき、バットを止めたが時すでに遅し、という場合でも、まだ可能性はある。止めたバットでツーベースという可能性を、僕はまだ、捨てきれていない。

本書の著者も、そして、作中の人物たちも、きっと皆、同じだと思う。



小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)