「アウト×デラックス」出演のこと

「アウト×デラックス」出演の報を受けたのは、昼下がりの病室だった。
ベッドに横たわり眠っている母の横で、僕は丸椅子に座り、色味も面白味もない有明の街を見下ろしていた。

出演が決まったのは意外だった。出演が決まる1週間ほど前に、打ち合わせという名の面接のようなものがあったのだが、期待はしていなかった。なぜなら、過去に出演されている錚々たるアウティスト(アウトな人たち)に比べれば、僕などは凡夫もいいところだ。

だから、出演の連絡を受けた際には、驚いた。と、同時に、自分もなかなかにアウトなのだな・・・とうれしいやら、恥ずかしいやら複雑な気持ちになった。

スマホから顔を上げると、母が目を覚ましていた。何をするでもなく、天井を見つめている。

「あのさ、アウト×デラックスに出ることが決まったよ」
母が何らかの感情を示してくれればいいな、と思い、呼びかけた。
「ん?なに?」
めっきり耳の遠くなった母が眉間に皺を寄せる。
「アウト×デラックスに出ることが決まったよ!」
「・・・」
「アウト×デラックス!マツコのやつ!」
困った表情を浮かべながら、
「アメがほしいの?」
探るように母が僕を見る。

食事をすることができない状態が1ヶ月近く続いているが、アメとガムだけは食べられるようで、ベッド脇にある台の上には、ビニール袋に入った大量のアメとガムがある。

「・・・1個もらうよ」
ビニール袋に手を入れ、小梅ちゃんを取り出す僕。
「アメは甘いからうれしいね」
満足そうに微笑むと、再び眠る母。

僕は小梅ちゃんをガリガリと噛みながら、クソ、こんな街に誰が住むんだよ、と有明に対して八つ当たりした。

出演が決まってからは、あれこれと準備をはじめた。それまでにいくつかのテレビやラジオに出演させて頂いており、アドリブでいけるほどの才覚がないことは重々承知していた。

日中は会社員としての仕事に励み、昼休みや、就業後の時間を利用して、過去にあった依頼内容を振り返ってみたり、ラブレターを書く際の注意点などをまとめたノートを見返したりした。そもそも、素人である僕にそこまで期待されていないことはわかっていたが、チームプレーを乱さない程度には戦力になりたかったのと、忙しくすることで、余計なことを考える時間を減らしたかった。



そして、当日。紹介を受けた僕は、ワーワーと自分の仕事について語り始めた。
緊張はしていなかったし、流暢という点では問題なかったが、すぐに不穏な空気に気づいた。

これは僕の被害妄想も多分にあるかもしれないが、「いや、そういうんじゃないんだよな・・・」という周りの空気を感じた。今までに出演させて頂いたテレビやラジオは、MCの方からの問いを受け、僕が答える、という一問一答のスタイルだったので、今回もその感じでいってしまったのだが、「アウト×デラックス」はそうではない。僕の語りなどどうでもいい。アウトなゲストを、マツコさん、矢部さん、山里さんをはじめとした出演者の方々が、あの手この手でいじりにいじり倒すのが「アウト×デラックス」なのだ。

僕は、途中でジタバタするのをやめた。まな板の上にそっと身体を横たえ、美味しく料理してください、と心で唱えた。それからは、プロの料理人たちの手により、場の温度が上がってきたのを感じた。さすがだな・・・と、感嘆をした。話は少しそれるが、途中、マツコさんに「変態」と言われて、すごくうれしかったのを覚えている。「変態」と言われて歓喜する僕は、たしかに「変態」なのかもしれない。

60分ほど撮ったのち、収録は終わった。出演者の皆さんに挨拶をすると、僕はそそくさと湾岸スタジオを出た。 終わっちゃったな・・・。帰路、りんかい線に揺られながら、今夜から何をしよう、と思った。身体を、頭を、暇にしたくなかった。



収録から3日後、僕は実家にいた。横では、あの日のように母がベッドで眠っている。母は、病院を出て、実家に戻ってきていた。 毎日、看護師の方が来てくれて世話をしてくれているし、夜は、父と姉が交代で母の横で寝て、緊急時に備えてくれている。

実家から離れたところに家族と暮らしている僕は、週末に来て、こうして、母の横でぼんやりしていることしかできない。父と姉に申し訳ないと思った。

母のいる部屋には、僕の息子が小学校でもらってきた賞状のコピーが飾ってある。僕が賞状を母に見せると、母は、姉にお願いをしてコピーをしてもらい、自分から見えるところに置いたのだ。息子の方が、僕よりもよほど母孝行だ。賞なし罰ありの自分の人生を今さらながら恥ずかしく思う。

閉じていた母の瞳がゆっくりと開き、僕と目が合う。
無言の母。「アウト×デラックス」の話をしようかどうか迷ったが、やめた。「変態」と呼ばれて悦んでいる息子を、誇らしく思う母親などいないだろう。

「体調はどう?」
「・・・うん、まあまあ」

月並みな言葉しかかけられない僕は、やはり凡夫だ。
代筆屋などとうそぶいているが、感謝の気持ちも、愛情も、伝えることができない。

母が、また目を閉じる。


スタジオを一歩出たら、まな板の上にそっと身体を横たえているわけにはいかない。そこには、マツコさんも矢部さんも、山里さんもいない。自分で、自分を鼓舞しなくてはならない。

お金はいらない。賢さもいらない。
ただ、マツコさんや矢部さんのように、人を、母を、笑わせる力が僕はほしい。



小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)