SNSを止めた理由と、再開した理由と。

2019年2月、誰に知られることもなく、ひっそりと僕はSNSを止めた。
正確には、FacebookとTwitterの2つ。 そして、2019年5月、これも誰に知られることなく、再開をした。 誰も知らないことなのであらためて書く必要もないのだけれど、自分の中の区切りとして、SNSを止めた理由、そして再開した理由を書こうと思う。


●止めた理由は?

これに関しては、私事が影響をしている。今年の3月に母が亡くなった。1月の時点で家族に対しては余命宣告がなされており、残り3ヶ月と聞かされた。3ヶ月?意味がわからなかった。母にはそのことは伝えられておらず、どのように接すればいいのかもわからなかった。

宣告を受けてからはじめて母の病室を訪れたときのこと。有明にある癌センターの病室で、母は眠っていた。その時点で1ヶ月以上ご飯は食べておらず、点滴だけで過ごしているため、すっかり痩せ細っている。ベッド脇にある椅子に腰かけ、Facebookを何気なく開いた時、「しょうもな・・・」と思った。

週末に誰々とどこに行った。どこそこでご飯を食べた。こんな人と写真撮っちゃった。こんな本を読んだ。映えを狙った写真。自然を装った人工的な投稿。全部がしょうもない。それを見ている自分も、似たような投稿している自分も。急に腹が立ってきた。

そしてもう1つ。母の死に直面したことで、「生きたい」という衝動が突き上げてきた。それは、100歳まで生きたい、とかそういう意味ではない。充足感という意味。

Twitter上では、現実世界では出会うことができないような人とつながることができた。テレビで観ていた人や本を愛読していたような人からフォローされたり、反応があったりして、刺激があった。自分の投稿に対しての多数の「いいね!」がついたりすると、リア充心がくすぐられたりもした。

でも、そんな自分が恥ずかしくなった。画像の色味を補正している時間があるなら、人生に彩を加える努力を。ボタンではなく、「いいね!」と直接言ってもらえるような成果を。そして、SNS上ではなく、憧れの人たちとリアルに交流できるような自分を。そう思った。

そして、僕はSNSを止めた。


●再開した理由は?

理由は2つある。1つは、自分の意見や考えを発信することで、真意や事実とは異なった形で受け取られることを避けるため。受け取り方は人それぞれだからまあしょうがないかな、と思っていたが、やはり伝える努力は最大限するべきだと思い直した。だから、他者からの言葉ではなく、僕の言葉を通して、僕を判断してもらいたい。そのためにSNSを活用することにした。

もう1つは、自分のちょっとした冗談で笑ってくれたり、真剣な言葉で気づきを得てくれるような人がいるのであれば、そういった人たちに対してポジティブな影響を与えたい。そう思った。これには少し背景がある。

去年の年末、俳優の加藤雅也さんのラジオ番組に出演をさせていただいた。それがご縁となり、ある仕事の実現に向けて加藤さんとやり取りをさせていただいている(実現するかどうかはまったくわかりません)。失礼ながら、映画やドラマで観ていたような人であるし、僕はクリエイティブの世界で具体的な実績があるわけでもなんでもないので、まあ社交辞令だろうな、と思っていた。でも、そうではなかった。

送った原稿に対して、わざわざ電話をかけてきて、フィードバックをいただいた。そしてGW中ずっと家にこもり、原稿を仕上げ、あらたお送りすると、受領連絡に続いて、短いながら、強く、熱く、やさしいメッセージが送られてきた。

言葉というのはこんなにも力があるのか、と痛感した。それと同時に、僕の言葉も、誰かしらの活力になり得るのではないかと思った。多額の寄付をしなくとも、お年玉企画をしなくても、有名じゃなくても、強くなくとも、メジャーリーガーじゃなくても、発する言葉で誰かを元気づけたり慰めたりできるのであれば、そうしたいと思った。それが再開した理由の2つ目。


ということで、SNS再開します。
あらためてよろしくお願いいたします。



小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)