「自分自身に向けて手紙を書いてほしい」という依頼のこと。

僕が他人のラブレターを代筆する<ラブレター代筆>の仕事をはじめてから、かれこれ5年が経過した。今日までで、累計100通以上のラブレターを代筆してきた。一口に”ラブレター”といっても、その内容は様々。

告白、プロポーズはもちろんのこと、お世話になっているパートナーや両親に感謝の意を伝えるためのもの。別れた相手とヨリを戻すための手紙。その逆に、付き合っている相手と、円満に別れるための手紙、なんてものもある。ここまでくると、ラブレターという呼称が適切なのかどうかひどく曖昧だが、好意にせよ感謝にせよ嫌悪にせよ、何らかの感情を伝えるものは、僕の中で”ラブレター”と定義している。

そしてもうひとつ、自分以外の誰かに対して送るものではなく、自分自身を励ますための手紙を書いてほしい、という依頼もある。

僕はこれを”応援レター”と呼んでいるが、今日は”応援レター”をはじめて依頼された時のことについて記そうと思う。冒頭に書いたように、僕はこの仕事を5年以上続けているが、おそらく、あの時に”応援レター”の依頼がなければ、僕はこの仕事を今日まで続けてはいない。途中で放棄し、会社員としての生活一本に戻っていたことだろう。


本題に入る前に、まずは、僕がなぜラブレター代筆などという奇異な仕事をはじめようと思ったのか触れておく。

35歳を過ぎたある日、ふと思った。誰かのために仕事がしたいな、と。もちろん、影響の大小はあれども、どんな仕事であっても、誰かしらの役には立っている。理屈としてはわかる。ただ、肌でそのことを実感したかった。自分の仕事は誰のためになっている?その人の名前は?性格は?趣味は?その人の輪郭を、眼つきを、息遣いを、僕は知りたかった。

いや、”誰かのために”という表現は適切ではないかもしれない。”誰か”を知ることで、自分の仕事を肯定したかった。自分の人生に向けて、YES!と叫びたかった。

その上で、ラブレター代筆という仕事を選んだのは、学生の時のある思い出から。もともと、僕自身が、誰かに対して告白をする時は、ラブレターを用いて告白をしていた。自分で言うのもなんだが、成功確率は100%。それを耳にした友人から「自分もラブレターで告白をしたい!ただ、文章に自信がないから代わりに書いて」との依頼が舞い込む。受諾し、結果としては、成功。友人は狂喜し、僕は何十回という「ありがとう!」の言葉をもらった。

“誰かのために”と思った時、そのことがよみがえり、僕は、ラブレター代筆をはじめた。

はじめてからしばらくの間は順調だった。順調だった、というのは、収益的にということではない。メールやLINEなど、伝達手段が多様化した現代において、そもそも、ラブレターを書こうという人が稀少なわけで、さらにその中で代筆を依頼しよう、という人の数は推して知るべし。つまり、収益的にはさっぱりだったわけだが、もともと食べるためにはじめたわけではなく、そのことは問題ではなかった。順調というのは、心が充足していた、ということ。

依頼者と対面し、依頼の背景をヒアリング。顔も声も知らない相手に想いを馳せ、文面を考える。その体験自体が新鮮だったし、時に、上手くいったときは感謝の言葉をもらうことができた。「ありがとう」。ビジネスとしてではなく、心で、そう言ってもらえるのが本当にうれしかった。自分を、人生を、YES!と肯定できそうな気がした。

だが、充足していたのははじめの1、2年くらいで、その後は、活動を続けながらも、迷いが生じていた。前述したように、代筆をお願いしようという人は稀。その前提の上で代筆依頼をしてくるということは、それはすなわち、どうにもしがたい困難な状況にあるということを示していた。おのずと、成功確率よりそうではない確率の方が高くなる。

”誰かのために”という想いではじめた仕事だったが、誰のためにもならないことが増えてくる。時には、罵倒されることもある。追い打ちをかけるように、周りの人や、SNS上で揶揄されることが増えてきた。

「手紙って自分で書くから価値があるんじゃないの?」
「下手でもいいから自分で書いてほしい。代筆屋とかムリ」

もう、やめよう。多大な時間は要せども、収益につながるわけじゃなく、誰かのためになるわけでもなく、罵倒され、馬鹿にされ。ナニコレ?ナニシテンノ?


そんな時、ある依頼が来た。
「自分を励ますための手紙を書いてほしい」。そうメールには書かれていた。

後日、依頼者と会い、詳細を聞いた。依頼者は50代の女性。
複雑な生い立ちにあり、幼少時から、誰にも誉められることなく成長してきた。
自分には価値がない。自分には人生を選ぶ権利がない。
その考えを疑うことなく、50まで過ごしてきた。

だがある日、同じような境遇の人が集う会に参加をしたことで、転機が訪れる。
自分の想いを率直に吐露し、労いの言葉をかけてもらうことで、はじめて、生まれてはじめて、自分を肯定することができた。そして、自我が芽生えた。自分の人生を自分で舵取りしたい。人生をやり直したい。人生を生き直したい。そう思うようになった。

そして、人生をやり直す第一歩として、過去を清算する為に、過去の自分に向けて、そして、今の自分に向けて、応援の手紙を書いてほしい。そのような依頼だった。

依頼を受け、僕は、幼少期、青年期、現在。それぞれの依頼者に向けて、計3通の手紙を書いた。現在の依頼者に向けて、僕は、こう書いた(一部抜粋)。



あなたは自由。ひたすらに自由。
誰も指示しないし、誰も強制しない。

あなたは何にでもなれるし、あなたは何処へでも行ける。

勉強をしてもいい、恋をしてもいい、旅行をしてもいい、買い物をしてもいい、
笑ってもいい、泣いてもいい、悲しんでもいい、怒ってもいい、結婚したっていい。

あなたが、決めればいい。

人生の意味を問うのは、もう終わり。
考えてもよくわからなかったよね。

今は、その意味を見つけられなかった理由がわかる。

だって、人生の意味は誰かに問いかけるものではなく、
あなたが歩み続けることで、私の人生はこうなんだ、と自分自身に教えてあげるもの。

教えられるものではなく、あなたが教えるものだから。



書きながら思った。これは依頼者ではなく、自分に向けて書いているな、と。

後日、「涙があふれて止まりませんでした」と感謝のメールが送られてきた。
この仕事を、ラブレター代筆を、もう少し続けてみようと思った。

周りがどう言おうと、この仕事には価値がある。
この仕事は、確実に、誰かのためになっている。そう思えたから。

そしてまた、こうも思えたから。
「何でこんなことやってるの?」
「この仕事は誰のためになってるの?」
「何のため?」

?はもういい。問うのはやめにしよう。
その答えは、僕が人生に提示する。生きて、生きて、生きて、答える。
そう思えたから。

この依頼がなければ、僕はラブレター代筆をやめていたことだろう。
言い換えると、この依頼があったから、あの依頼者がいたから、僕はラブレター代筆をしている。

人生を変えた出会いに、感謝の想いをここに綴る。


小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)