最近、あいみょんをよく聴いている。お気に入りは「マリーゴールド」。
朝、通勤電車の中で、昼、カフェで、夜、ひとりの部屋で。

後輩から「小林さんって、普段、どんな音楽を聴かれるんですか?」と問われ、堂々と、憶することなく、「あいみょん」と応えるくらい好きだし、それだけ聴いている。

それからしばらく、「こばみょん」と陰口をたたかれていたことも知っているが、それでも、あいみょん、「マリーゴールド」に僕は惹かれる。


風の強さがちょっと
心を揺さぶりすぎて
真面目に見つめた 君が恋しい


「マリーゴールド」に出会う前から、マリーゴールドが花の名前であることは知っていたものの、その形も、色も、香りも、知らなかった。歌の世界をより具体的にイメージしたくて、googleで調べてみた。

耐寒性‎: ‎弱い(一部半耐寒性)
花色‎: ‎黄,オレンジ,白,赤,複色
草丈/樹高‎: ‎20~100cm
形態‎: ‎一年草(一部多年草)

写真とともに、マリーゴールドに関する情報が目に入る。
そこには、花言葉も記されていた。

「悲しみ」「変わらぬ愛」

でんぐり返しの日々
可哀想なふりをして
だらけてみたけど
希望の光は
目の前でずっと輝いている 幸せだ


僕は検索画面を閉じると、再び、「マリーゴールド」を再生した。


20代半ばの頃、ひとりの女性と付き合っていた。
普通に友達の紹介で出逢い、普通に惹かれ合い、普通に告白し、付き合いはじめた。自分で言うようなことでもないが、彼女は、僕のことをすごく想ってくれていた。僕が住んでいた駅と彼女が住んでいた駅は違う路線だったが、デートのあと、彼女はいつも僕の駅まで一緒に着いて来て、駅で僕を見送り、その後、引き返して自分の家へと帰っていった。

かといって束縛が強いという感じでもなく、また、世の中や生活、仕事に対する考え方もしっかりとしていた。聡明で懸命な彼女に、いつしか、僕は彼女との将来を真剣に考えるようになっていた。


付き合って半年が経った頃だろうか、夜、2人で一緒にテレビを観ていたら、チェ・ジウの姿が映った。冬のソナタで一躍日本でも話題になった韓国の女優だ。僕は横に座る彼女に視線を向けると、

「前々から思ってたけど、チェ・ジウになんか似てるよね?」

チェ・ジウをはじめて目にした時から、そう思っていた。
いつか言おうと思っていたものの、言いそびれていた。その日、ようやく伝えられた。

「え~、嬉しい!」
「ちょっと、からかわないでよ!」

僕は、頭の中で彼女の反応を想像した。だが、意に反して、彼女は難しい顔をして黙り込んだ。僕の言葉が聞こえなかったかのように、表情を崩さない。チェ・ジウの姿がブラウン管から見えなくなり、CMに切り替わってからも、彼女は無言を貫く。

なんかまずいこと言ったかな?からかわれたと思った?
普段は笑顔の絶やさない彼女とのギャップに、僕は戸惑った。

「・・・あのね、私のおばあちゃんとおじいちゃんは韓国人なんだ」

彼女が口を開いた。

「でね、私のお母さんとお父さんも韓国人」

ゆっくりと、小さく、でも、確かな口調。

「だからね、私も韓国人なんだよ」

相変わらず、視線はテレビに向けたまま。
ブラウン管からこぼれる光が、室内を、そして、色白の彼女の肌を照らす。
部屋の外から、数人の男女の笑い声が聞こえてくる。

僕は、適切な反応を探した。

「へー、そうなんだ」

それだと、彼女の語勢に対して、軽すぎる気がした。
かといって、大仰に反応するのも違う。

「あ、でもね、私は帰化してるから、国籍は日本なんだ。何かややこしいよね~」

言葉を探す僕を見かねたように、彼女がおどける。
そして、

「私がチェ・ジウだとすると、あなたはヨン様だね!」

彼女は、いつものように唇をわずかにつりあげて、クスっと笑う。
普段の彼女に戻ったことに、僕は安堵した。
それと同時に、僕は決めた。彼女を、親に会わせようと思った。


ただ、それから1ヶ月経っても、2ヶ月経っても、それを実行に移すことはなかった。不安だった。親に合わせる限りは、ちゃんと彼女のルーツのことも話しておこうと思ったが、どういう反応を示すのか、わからず、不安だった。韓国という国や、韓国人に対して両親が何かを発言したのを耳にしたことはないが、それでも、僕たちの世代とはまた考え方が違うのだろうという気はした。

もし、万が一、親が難色を示した場合、それまでの親子関係でいられる自信がなかった。親を親として見られなくなる気がしたし、予想もつかない言葉を親に投げかけてしまう気もした。動けなかった。つまるところ、僕は、弱くて、小さくて、自分勝手だったのだ。

彼女への気持ちは何ら変わることはなかった。好きだった。
彼女も僕のことを好きでいてくれたと思う

でも、きっと、それまでの僕とは何かが違っていたのだろう。以前とは、彼女の僕に対する接し方が、少しだけれど、違ってきていた。何がどう、というわけではないのだが、僕と彼女との間に、目に見えない膜のようなものがあり、それを挟んで会話をし、手を繋いでいる。そんな感覚。


そんなある日、僕と彼女は池袋の喫茶店にいた。
交差点に面して建つビルの2階にあるそのお店は、デートでよく利用していた。

「来月の誕生日さ、何が欲しい?一緒に買いに行こうよ」

僕は、目の前に置かれたアイスミルクティをかき混ぜながら問いかける。
彼女は、足早に交差点を行き交う人々をぼんやりと見つめている。

「勝手に用意して欲しくないものだったら嫌だし、ちゃんと聞いといた方がいいかと思ってさ」

僕の言葉に、彼女は交差点に瞳を落としたまま、

「・・・お花がいいな」

そうつぶやいた。

「花?花ってフラワーのこと?」
「ふふ、そう、フラワーのこと。他に何があるの?」

彼女が、交差点から僕に視線を移す。

「いや、まあ、そうなんだけど・・・。花でいいの?」
「うん、花がいい。そうだな――、マリーゴールドがいいな。たくさん欲しい」
「マリーゴールド?」

マリーゴールドがどんな花かはわからなかったが、名前からすると、金色の花なのだろう。

「わかった、マリーゴールドをたくさんね」僕は頷いた。
「楽しみだな~」彼女が目を細めた。

目の奥にずっと写るシルエット
大好きさ
柔らかな肌を寄せあい
少し冷たい空気を2人
かみしめて歩く 今日という日に 何と
名前をつけようかなんて話して


だが、彼女にたくさんのマリーゴールドをプレゼントすることはなかった。
誕生日の1週間ほど前に、別れ話を切り出されたから。


あの頃、僕は力が欲しかった。自分を、現状を、世の中を、周りにあるごちゃごちゃとしたものを突き破る圧倒的な力が欲しかった。彼女から振られた形ではあるが、きっと、僕が振ったのだと思う。僕は、ヨン様にはなれなかった。僕は、見えない何かに、屈した。

悲しみ?変わらぬ愛?
あの日、彼女は、マリーゴールドに何を投影していたのだろう。

麦わらの帽子の君が
揺れたマリーゴールドに似てる
あれは 空がまだ青い夏のこと
懐かしいと笑えたあの日の恋


今日もあいみょんを聴く。
青い空の下、どこかでマリーゴールドは咲いているのだろうか。

小林 慎太郎

投稿者: 小林 慎太郎

1979 年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。IT企業にて役員を務めるかたわら、自身の言葉や文字で想いを伝えることに対して苦手意識を持っている人を支援するため、ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供する<デンシンワークス>(dsworks.jp)を運営。 <著書>『ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。』(インプレス社)